クリスチャン 証

気づかせていただくことが恵みです

聖書には「御言葉を聞くには聞くが悟らない」とマタイ13:14~15に書いてあります。
わたしも今まで多くの御言葉を読んでいたが真理が悟れず、最近になってやっと聖書が神様の言葉であることを心から感じます。
聖書の言葉は人間の理性では悟ることができないことを思います。
また御言葉が今、自分に語られているものとして知り、本当に自分のものとなっていくことは、一方的な恵みであることを思います。聖霊様が真理に導いてくださいます。聖書そのものがそのように語っておられます。自分が知っていると思っているときは受け入れることができず、他のことに心が向いているときには読んでいても御言葉が素通りしていきます。主のみこころがわかるように・・・心から主の前にへりくだって常に気づかせてくださいますように。


詩篇94:12
主よ。
なんと幸いなことでしょう。
あなたに、戒められ、
あなたのみおしえを教えられる、その人は。



感情ではなく意思を働かせる

自分が感じるままに行動しないこと・・・それをすることができるのがクリスチャンではないのかと最近思います。

自分の感情、思いを、神様の御言葉に照らして、合っていなければ、修正をしなければならない。それが自分の意志だと思います。どちらをも選び取ることができる自由意志を与えられていることを思います。

肉の思いと、御霊の思いが戦っていることを見極め、意志を働かせて、
御霊の力によって、肉の思いを追い出していくことができるように、ローマの8章には繰り返しそのことが語られていることを思います。
決して感情のままに反応してはいけない。

もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬのです。しかし、もし御霊によって、からだの行ないを殺すなら、あなたがたは生きるのです。神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。(ローマ8:1-14)」

詩篇を読む

あるメッセージで1日10章を読みましょうと聞きました。
その内訳は、詩篇5章、箴言1章 マタイの福音書5章~7章・・・

それで詩篇を読むことが多くなりました。
主がどのようなお方なのか、どのように祈ればよいのか、
主を見上げることが大事さを教えていただいています。

わからない部分も多くありますが、
その中に、突然私にぴったりだと思うものがあったりで、5章も読めないことの方が多いですが、わからない部分があっても継続していけるように・・自分のうちにたくわえらられていっていることを信じます。


119:17 あなたのしもべを豊かにあしらい、私を生かし、私があなたのことばを守るようにしてください。
119:18 私の目を開いてください。私が、あなたのみおしえのうちにある奇しいことに目を留めるようにしてください。

御言葉を知る悟る 

不思議なことですが、以前にいっていた教会から移ってきたとき、同じ聖書であるにもかかわらず、御言葉が今までよりわかるように感じました。以前は文字だけを追っていて、あらすじを読んでいるような感じでした。「このことは知っています。聞いたことがあります」・・・というように。

さらに、最近また、深く御言葉を知ること・・・神様の御心として読むことができるように助けてくださっていることを思います。主ご自身が私に語っておらる言葉、そのものであることを感じます。読める量も多く、質も深くなり、このお方のうちにいることが大切だと思います。同じ御言葉でも繰り返し、注意深く読め、わからなかったことも徐々に教えてくださっています。

又、聖書の下に記載されている引照箇所---他の関係する箇所を開くことで、深く読めることを発見しました。、他のことを考えながら字だけを追ってしまっている時でも、引照箇所を読むことで、心が御言葉に戻ることを経験しました。聖書の箇所を開けることも早くなるという良い習慣も与えられました。感謝します。




悪い思いのままでいてはいけない

仕事の応援で広島事務所へ行っていました。現地の方の段取りが悪くそのことで不機嫌になり、怒りに満ちていました。この思いは良くないと思っても感情を抑えられず、宿泊施設についてもその思いにとらわれていました。
以前読んだ正しく裁かれる主の言葉(以下の6~11)を読み直し、許そうとする決心、悔い改めの心が与えられ、ようやく心が穏やかになってきました。翌日も何事もなかったような心で接することができ、良い関係のうちに終えることができ、感謝します。ときどき悪い思いがぶり返されることがありますが、悪いうわさや報告をしないように助けてください。それが主の心であることを知っているのですから



◆預言者たちを通しての最近の二つのイエス様の御言葉
 1. 私は預言者たちの口を通して警告している。
 2. 彼らは私が来ようとしているということを数ヶ月前に聞いた。そして私は準備ができている。
 3. 天国にあるすべてのものは準備ができていて、私は今、最後にのべ伝えている。  4. これが過ぎたらこれ以上延ばすことはないだろう。私の慈悲と慈しみによって、今回、短い時間を延長 している。
 5. あなた方、多くの私の新婦たちよ。準備する瀬戸際に立っていなさい。しかしあなた方はまだ準備がで きていない。
 6. 私は陰口を言い広める人とは結婚しないだろう。
 7. 憎悪と悪意を心に抱いている人とは結婚しないだろう。
 8. 深い悲しみで悔い改めて、すべての人に対する私の許しを求めなさい。(「悔い改めはこのような方法で しなさい」と言った。)
 9. 他の人たちを愛さない人とは結婚しないだろう。
 10. 敵までも愛し、彼らのために祈り、祝福しなさい。
 11. 許さない心を持っている人とは結婚しないだろう。すべての人々に対して愛と慈しみが満ちていない 人とは結婚しないだろう。
 12. 迷える人、傷を負っている人、苦痛を受けている人々に対して、慈悲と慈しみを持っていない人たち とは結婚しないだろう。
 13. 私が彼らのことを裁いて許しを通して彼らの罪を清め白くするようにと、夜も昼も私の前で長い時間 祈らなかった人とは結婚しないだろう。
 14. この世とこの世にあるものを愛する人とは結婚しないだろう。テレビなどのこの世のものに中毒にな っている人とは結婚しないだろう。
 15. 肉体の情欲に燃える人、肉的なものを愛する人とは結婚しないだろう。
16. テレビに自分の問題を相談し、暴力をながめる人たちとは結婚しないだろう。
 17. 私の真実な使役を中傷し、あざ笑っていながら、悔い改めない人とは結婚しないだろう。
18. 夜遅くまでこの世のものを追いかけていて、私を最後に置く人とは結婚しないだろう。
 19. この世とこの世に属したものを愛する人とは結婚しないだろう。何故かと言うと、私はこの世と世の 中のすべての悪事や関心事を捨てることを要求するからだ。
 20. 人を情欲の目で眺める人や、他人のものを望んだり、妬んで欲しがる人たちとは結婚しないだろう。
 21.私を最優先順位に置かない人とは結婚しないだろう。
 22.私を最優先に置きなさい。そして何よりも私を愛しなさい。
 23.私の戒めを大切に思い、それらに聞き従いなさい。
 24.悔い改めなさい。私の新婦たちよ。私は清い新婦のために来るだろう。
 25.すごく早く来ることを警告する。この時、あなた方のうちの多くの人が清くならなければ、私が連れ て行く人はほとんどいないということを警告する。
 26.自分を清くした人がほとんどいない。
 27.私が私の新婦のために来るという警告が足りなかったからではない。私が延ばす時間の終わりが早く 近づいている

『怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。
悪魔に機会を与えないようにしなさい。』
エペソ4:26-27

すべて委ねる体験

委ねることは、非常に難しいことですが、非常に大切なことだと、最近思います。
そのために、大切なこと2つ学ばせていただきました。

①神様が全能の力をもっておられる方であることを信じること
この世界を創られ、私をも創られたお方、そして、イェス様を死からよみがえらせられたお方が、この世界のすべてを統治しておられる。
自分にはできないが、この方にはなんでもおできになる
また、御言葉を通して、主がどのようなお方なのかを悟らせていただくこと


②信頼して委ねること
自分で何とかしなくてはと思い、足りない頭でいろいろと考えて、取り越し苦労も多くしてきました。、へりくだって自分の無力さを常に認めることが大事だと思います。
そして、実際に委ねる体験を通して初めて学べました。
このことは、自分でできるので、大丈夫。これはできないから、神様にお願いするような考えが常にあった(今でも)あります。
しかし、自分でできると思ったことも、お委ねする時に最短距離を走らせて(最善をなして)くださる。
ことがわかってきました。

このことができるようになると、本当に気持ちが楽になります。
自分でしようとする領域がまだまだ占めていますが、この割合を変えていけますように、
委ねた結果を知るとき、信仰が益々与えられることを思います。



「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。 
また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように。
 神は、その全能の力をキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右の座に着かせて、 すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世ばかりでなく、次に来る世においてもとなえられる、すべての名の上に高く置かれました。
    エペソ1:17~21

すべてのことは主のおかげです

与えられた仕事をするにあたって、主が備え、結果も与えてくださっている。
アプローチから過程、クロージングまですべて神様の御手のうちにあることを思います。

昨日は、ある契約が成立し、その結果がはっきりと出た日でした。与えられる前は与えられることを願い、切に与えられることを願っていたのに、与えられたときには、人と比べてしまって高慢な心を持ってしまった。また、不要な不安、心配をしてしまった。人の目を意識し、神様への感謝が足りないことを思います。
自分がしたことは何もないのに・・・過去にも何度もそのようなことがあります。

「すべてのことは主のおかげです」「主が備えてくださいました」と心の内から言えますように。
また、他の方にも証できますように。

生かされている

先日、仕事で辛坊治郎さんの講演を聴く機会が与えられました。
その中で、特に印象的なものは、「生きているのではなく、生かされているのだと」いうヨットで遭難しかかったときの話です。
「救命ボートのロープが、普通であえば間違いなく手から離れていたのに最後の最後に引っかかった、GPS機能つきのSOSをもってきっちり機能した、勇敢な海上自衛隊の海難救出特集部隊がきた、採算度外視でつくられた日本にしかない1500キロ航行できる着水可能なUS2が備えられた・・・など。1つでも何かが違えば、間違いなく命は
なかった」と言っておられました。


まさに神様が辛坊さんを生かされたのだと私も思いました。この方も主の救いにあずかることができますように。
私も何かが少し違えば、全く違う道を行っていた、形式的な宗教生活のままであった、あるいはいろいろな出来事がきっかけで主から離れていたかもしれないことを思います。
選ばれたものであることと、それにふさわしい実を結べることができますように。


あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。   ヨハネ15:16



主を恐れること

「自分の考え、思い」・・・がこの世を支配しているのではなく、
そのはるか上に神様が存在され、すべてのものを支配されていることを

それだから、そのことを恐れなければならない
そのことがわからせていただきました。

すべてを決められるのは、神様で、主の法則でこの世はなりたっていることを思います。
人は、その許された中で、考え、行動しているにすぎないことを



言葉に気をつける

ユーチューブのメッセージを聞いて
言葉を発するときは気をつけないといけないと思いました。

何も考えずに話すと否定的な言葉や、不信仰な言葉、人を傷つけることが
当たり前のようにでてしまいます。
主の喜ばるれることなのかどうか、一呼吸おいて
話をできるように、その意識をさせてください。


わたしはあなたがたに、こう言いましょう。人はその口にするあらゆるむだなことばについて、さばきの日には言い開きをしなければなりません。
あなたが正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり、罪に定められるのも、あなたのことばによるのです。」    マタイ12:36~37

主が準備してくださいました

急に来た仕事の依頼で、どうしようかと、心が重たかった午前中。昼に祈りました。
午前中は、気が乗らず手を付けようという気にさえならなかったのですが、
そんな状態であったにもかかわらず、午後から私自身を動かしてくださいました。
様々なアイデア、他の方のご協力もいただき、無事終えることができました。

今年の途中くらいから、自分の必要より、先に神様ご自身を求めることがわかってきました。
今までは、「自分の○○をしてください」ばっかりだったのに・・・
わたしのことは、すべて神様はご存知だから、主の祈りにあるように御名をあがめること、
御国の臨在が来ること、御心がなることを求めること、主の霊で満たされること
を中心にしていると、本当に御言葉通りに必要が与えられる体験をしてきました。
まさに今日もその通りです。御言葉の体験⇒信仰が深められます。

さばいてはいけない

自分の中の弱さの一つに人をさばくことがあります。

その時、二つの反応があります
①思いをすぐに、やめること(追い出すこと)
②他の人に悪口を言ってしまう、あるいはその思いの中に浸ってしまう

以前よりは、①のことが、多くなりましたが、、
②の時に、主が語りかけてくださっているにも関わらず、
そのまま止めれないこともあります。

主が「さばいてはいけません」と、言われているのだから、
どのように小さいと思えるような裁く気持ちも、悔い改め、
清くなれるように、
そのように思えてきていることを感謝します。

感情ではなく、意思を働かせられるように。

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「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、
あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです」
                               マタイ7:1~2

「ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのとき、神から各人に対する称賛が届くのです。」    Ⅰコリント4:4

律法を定め、さばきを行う方は、ただひとりであり、その方は救うことも滅ぼすこともできます。隣人をさばくあなたは、いったい何者ですか。      ヤコブ4:12


 ですから、すべて他人をさばく人よ。あなたに弁解の余地はありません。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めています。さばくあなたが、それと同じことを行っているからです。    ローマ2:1



奉仕するときの心

奉仕することは良いことだが、
どういう思いでしているのか、動機について、考える事が多くなりました。

人の目を意識したり、人からの賞賛を求めていることが多い。
又、最初は正しい思いであったとしても、知らない間に自分自身の世界に入ってしまい、
奉仕自体で心がいっぱいになってしまうことが多々あります。
主のためだけにしているのかどうか、主の栄光を現しているのかどうか
気をつけていかなければならない。
そのことを学ばさせていただいているところです。
まだまだ不純な思いがあるので、
すべてご存知の神様の前に正しく歩んでいけるように。


造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、
神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。
私たちはこの神に対して弁明するのです。(ヘブル4:13)

人間関係の祈り

本日も祈りの力が注がれました。
特に、会社で身近に出会う方との関係、
○○さんとの関係が守られるように、
又、○○さんへの執り成しの祈りをさせていただき、
その日のうちに、良い関係が与えられていることを感じます。
エレベーターで出会って、話す機会が与えられたとか、
FAXを届けにきてくださったとか・・・小さいと思えますが、
1つ1つ祈りを聞いてくださっています。神様ありがとうございます。

祈りの力が注がれる

この1週間は、とても祈りの力が注がれています。
今まで祈れなかった時間帯、昼、夕方にも集中しています
夜は特に集中できます。祈りが聞かれていることが実感でき、
聖霊様がうちにおられることも感じます 感謝!